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大山への旅


弟が生まれてもうすぐ五ヶ月とならんとするこの連休に、四人家族となって初めての家族旅行があった。車を借りて、鳥取の大山まで。

いわゆるGWであり、今の首相の突発的な政策にて高速道路が値下げされた年でもあり、混雑が予想された。先の三月に母の郷里から京都に移動したときも、神戸北あたりの渋滞にやられたものである。

京都市内より縦貫道に入って亀岡まで。そこからR372で丹波篠山を経由し、まっすぐ中国自動車道の滝野社ICまで走った。田園地帯を抜けるよい道であった。田植えの頃である。
ここからは中国道・米子道と滞ることなく移動。それでも京都の家から大山の溝口ICまで5時間半はかかった。

伯耆富士とは音に聞く、堂々たる姿。北壁はまだ雪が残るようであった。
一日目は大山放牧場、大山寺を通り、鏡ヶ成という高原にある休暇村で泊。

二日目、この地が郷里だったという写真家・植田正治の記念館に訪れる。
植田の写真は演出写真と評されるが、天賦のスタジオと云うか、鳥取の砂丘があったことが大きな意義を持っていたのだと思うのであった。

その後、とっとり花回廊に立ち寄り、帰路につく。花回廊は充実した施設であった。1時間程度の滞在時間ではとても足りず、近辺に住んでいるならばきっとパスを購入して再々寄るのが最も効果的な楽しみ方だろう。
 近くには、鬼の伝説があるらしく、所々に鬼をモチーフとしたオブジェ多数。

その名にちなんで

という小説があった。ジュンパ・ラヒリの作品だったはず。
まだ父は読んでいない。『停電の夜に』の方は持っているが。

2008年の年の瀬、キリスト教徒にとっては重要な日に弟は生まれた。
将来欧米圏に行ったら、一年で最も賑やかな時分に誕生日を迎えることができるだろう。

名付けというのは気を使うもの。父も母も時間をかけて頭をひねった。
似つかわしい人生であることを願う。千年前からある名と共に。


そういえば父は連想で北村薫の小説を読み始めていた。
昔から機会あったら読もうかと思っていてまだだった、「円紫さんと私」シリーズ。
1作目を読んで驚いたのは、主人公の「私」が12月25日生の設定だったこと。
世に偶然というものはあるものである。

切羽詰まると風邪をひく  テレビドラマなど

1月下旬。全国的に寒く、北陸や関東以北では吹雪いている地が多いようです。四国でも雪が降ったそうですね。

京都も先週末くらいより、土地の名物の底冷えが本格的となり、今週は市中もうっすら積もる程度の雪が連日となっている。

先週末は能のつながりの新年会だったのですが、そのことはまた次の機会に。ただ恐らくその時に身体を冷やしたのが一因なのだろう、見事に風邪を引きました。

論文の締め切り直前なのに、死活問題です。困ったことです。ただ論文の心配がずっと頭にあると、自然と屋内に引きこもったり生活時間が不規則になったりで体力の低下を招くものだから、昨年後半位から体調を崩すことが多くなったのだろうと思う。良くないサイクルを反省。

週の始めまでは何とか研究室にも出て行ったし、元田中のカフェ「weekenders」さんであるとか銀閣地道の「私設図書館」などでがんばっていた。
(このカフェは北部キャンパスに引っ越してから使う回数が多くなった。百万遍の学士堂がクローズしてしまったりするような今のご時世に重宝する。左京区周辺でもっとも美味しいカプチーノを頂ける店です。店内から叡電の電車が行き交うのが見えるのも面白い。そういえば今や大阪大の学長になってしまった鷲田清一先生は、かつてこの近辺の学生下宿街は「エーデンの東」と呼ばれていた、と語っておられました。実におもろい)

ところが水曜、あまりの状態の悪化に近所の診療所に行ってみれば、予想以上の高熱(それまでは37度台だろうと高をくくって測ってなかった)。慌ててインフルエンザの検査キットを喉に突っ込まれる(便利なものができたものだ)。その時の結果は院生、じゃなくて陰性。喉の炎症からくるものだろうという見立てで薬と点滴をもらう。そして二日間ダウン。昨日の午後あたりから立ち上がれるようになった。

そしたらその間に息子くんも発熱。近所の小児科は診察時間が合わなくて、北山通の小児クリニックまでカミさんに連れて行ってもらった。結果的には翌々日に診察に行った時にインフルエンザ陽性だと判明。
大体は熱が高いながら元気なので安心だが、時折辛そうに泣き続けるので、3回ほどアセトアミノフェンの坐薬を使う。

カミさんも続いて発症し、一家全滅の週となったのでした。第一回目の記念となる日々でしょう(笑)。

病で寝込んでいるとテレビを眺めるくらいしか出来ることがない。今週は朝の連ドラの「ちりとてちん」が面白い展開。松重豊と和久井映見が演じる両親が二十歳時代を演じるなどぶっ飛んだ演出があって見入ってしまった。結局、五木ひろし本人に歌わせるのではなかった。ヒロイン喜代美の出産の折に、若き日の父・正典が、分娩室に入る妻・糸子のためにドア越しに「ふるさと」を歌うシーンは実に巧いエピソードだと思わず朝から感動してしまった。

「ちりとてちん」は物語の展開が実に巧みで、多彩な伏線が張り巡らされており、近年の朝ドラの中では出色の出来だと思う。今後も楽しみです。
 あと最近思わずほぼ全部の回を見てしまったのは「ガリレオ」で、これは福山を見るためというのが大きい。あと、うちの大学がロケで出ていたしね。昨年の夏に「帝都大学」の映像を撮っているところをちょっとだけ目撃しました。もう古い話題です。

さて、論文残りがんばります。

成人の日は餅をつくのだ

今年の成人の日は月曜日。と云っても、もう数年前から必ず月曜なのだよね。まあ地元に帰って成人式に出席するような、一人暮らしの学生にとっては便利なのかもしれない。かくいう自分の時は地元に帰ってもいないし、京都市の成人式に出た訳でもない。普通の休日として過ごしたように記憶している。

それ以降の年は、そば屋の「みのり」でアルバイトを始めた為、特に用事がない年はみのりで過ごすことが多かった。この店では毎年成人の日あたりに、夜の営業を休んで、スタッフやらご近所の人らと夕方から餅つきをして、そのまま夜の宴会をする習慣がある。

今年はカミさんと息子くんと三人揃ってお邪魔したのだが、出掛けの支度にとまどって餅つきには間に合わず、着いた時には餅を丸める作業が終わらんとしている時であった。なので恐縮ながらもそのまま宴会にまぜてもらうのであった。

今年はスタッフの人らと、店長家族の娘姉妹の保育園友だち、そしてその友だちらの親御さんたちという構成で中々、いやかなり賑やかであった。特に子供たち。

うちの息子くんもふらふら歩きで、子供の輪の中で目を丸くして一緒に過ごしていた。3歳から6歳くらいの女の子たちが10人くらいで遊んでいるとかなり激しいものである。危なっかしいながらも、これから保育園などに通うときのための良い予行演習になった感じである。幸い、たくさんの子供が激しく遊んでいる中にあっても、軽く物怖じしてはいるものの、結局は泣き出したりせずにしっかり自分も歩き回っているようなので、なかなか頼もしい。

自分もしっかり呑み食いさせてもらって非常に楽しかったです。店長夫妻といい、スタッフのNさん夫妻といい、本当に京都での親代わりのように良くして下さって、有難い限りです。

湯豆腐・お薄・鰻丼、ガーニッシュさん、そして玄関の靴

土曜日は午前に慶次郎師宅で謡稽古。のちに部室で練習。
最近はまともな運動をしていなかったせいか、謡っていると体力の低下を感じる。能の稽古で随分と体力維持になっていたのだな、とこういうときに実感する。

午後、愛媛からカミさんたちが帰って来る。お義母さんと妹さんも御一緒。
夕飯を南禅寺の「順正」でとることにし、そこで落ち合う。南禅寺の辺りも実は地下鉄の蹴上駅からすぐなので、自宅から割と簡単に行けてしまうのである。
「順正」に入るのは初めて。シンプルなゆどうふコースを頂く。ごま豆腐、みそ田楽、小鉢、野菜の天ぷら、御飯、香物、そしてメインがゆどうふ。やはり豆腐が美味しい。京都の名物ですね。
息子くんはずっと店内を歩き回りたがって中々大変。これからは外食の際はいよいよ場所を考えないといけなくなりそう。しかし、とうふやかぶら蒸しなどは好んでよく食べていたようで良かった。

日曜は、京都御所の東北角にある「エズ・ブルー」のパンで朝食をとった後、皆でコンパクトに観光に出掛ける。相国寺を通って西へ向かい、小川通の方へ歩く。
寺之内新町通西入るには、「妙顕寺」という法華宗の広大な寺がある。後で調べた所によると、法華宗(日蓮宗)の大本山の一つで、京都においては最初の日蓮宗の道場だったとか。宿坊もあって泊まれるそうです。
 前を通り過ぎようとしていると、塀越しに花が咲いている桜がありました! 「御会式桜(おえしきさくら)」と云うそうです。10月13日の日蓮大聖人御入滅の日前後から咲き始め翌年の4月8日(釈迦の生誕日)に満開になるということから、そう呼ばれるとか。ここ以外にも、「妙蓮寺」が有名だそうです。つまり十月桜のことなのですね。

寺之内通から小川通を上がり、表千家の「不審菴」と裏千家の「今日菴」の前を通り過ぎる。普通の公道のはずなのに全然そんな雰囲気ではないところが面白い。幾人かのお弟子さんらが、新年の挨拶なのだろうか、正装で出入りしていました。
 堀川通にまわり、裏千家が設立している「茶道資料館」に入る。新春の特別展としてカルタにまつわる展示が開かれていた。ウンスンカルタ、百人一首、いろはカルタ、能カルタなどや、カルタの模様を装飾した茶道具、鼓胴などを観ることが出来ました。薄茶も一服頂くことができ、息子くんも和菓子をもらってよろこんで食べたとさ。

その後は河原町で買い物をして、六角通新京極東入の「京極かねよ」でうなぎを昼食に。そして京都駅でお二人を見送ったのでした。色々とありがとうございましたm__m

夕飯用にも軍資金を頂戴したので、ちょっといい食事を自宅でしたかったものだから、以前から噂に聞いていた新大宮商店街にあるテイクアウト専門のフレンチのデリカテッセン「ガーニッシュ」で料理を買い込む。評判通りすばらしく美味しかったです。自宅に持ち帰ってちゃんとしたフレンチが食べれるというのは、幼児のいる家庭には尚更ありがたいかも。

さて、息子くんは見事に歩けるようになって、外出時には靴を履くようになりました。文字通り土足が可能となったということで、ちっちゃなスニーカーが玄関先に並べられることとなりました。こういうのを見ると家族が増えたのだということを実感します。大家族と云えば、靴がいっぱいゴチャゴチャとした玄関がシンボルみたいなものですからね。
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Author:shizukanarujito

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